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「原付=125㏄時代」へ王手?

先日筆者はモンキー125が店頭で売られてれているのを初めて見ました。

昨年からモンキーや「原付の125化」については何本か記事をまとめてきた筆者。

「おー、ようやく来たね」

と感心してその光景を見ていました。

そしてその日は、家に帰ると各メディアがSNSでスーパーカブC125の発売日決定を一斉に報じていました。

2018年9月14日に発売が決まったスーパーカブC125。

価格は399,600円~。

モンキー、そしてスーパーカブまでも?

いよいよ「原付=125㏄」時代へ王手がかかった気がします。

昭和のアイコンともいうべきホンダ・スーパーカブ。

普遍的な存在は、新らたに125㏄のエンジンを得て、元号も変わる新時代の中でどんな存在となるのでしょうか?

世界の人の「夢への翼」

スーパーカブC125は、、カモメが翼を広げたようないわゆる「カモメハンドル」を持ち、赤いシートなどやボディー配色などは初代カブC100をオマージュしたデザインとなっています。

C100が発売された1958年は昭和33年。

東京タワーが竣工し、高度経済成長へ突き進む時代で、映画「3丁目の夕日」のもこのころのお話。

自家用車はまだまだ特別な人の乗り物で、人々の間では安価で操作も簡単な移動・運搬手段が求められていました。

今日の様にスクーターのVベルトによるCVT機構がなかった時代、クラッチ操作を必要としない自動遠心クラッチは革新的なもの。

出前や配達、そのほかにも様々な仕事の能率化に貢献し、人々の行動半径を大きく広げ、スーパーカブはこの国に活力を与えてくれました。

カブの力を借りて、人々の暮らしが豊かになっていったのは日本のみならず、カブは世界の人にとって文字通り「夢への翼」となりました。

そんなスーパーカブは昨年世界で販売累計1億台を達成。

いまもなお世界の人々の可能性を大きく広げながら愛され続けています。

上質感を追求したパーソナルコミューターへ

昭和・平成、それぞれの時代を30年間づつ走り続け、今年60周年を迎えるスーパーカブ。

いずれの時代にも、「気軽に付き合ってくれる相棒」として普遍的に存在し続ける稀有な存在です。

ホンダは、今回のスーパーカブC125を「上質感を追求したパーソナルコミューター」として位置づけています。

ちょっとその外観を詳しく見てみましょう。

その外装には各部にクロームメッキパーツが配されています。

メーター回りもクロームパーツで飾られ、アナログとデジタルをうまく融合させた形となっています。

磨かれたキャストホイールはチューブレスタイヤを履き、ディスクブレーキの装着もカブとしては斬新。

テレスコピックサスの上部はうまくカバーされていて、カブの「今と昔」をさりげなく繋いでいるのがうれしいデザインです。

灯火類はLEDでまとめられたフロントの印象はC100の面影を引き継いで昇華させた形になっています。

「カブであり今である」。

テール回りにも、カブらしさと現代を表現する高められた質感へのこだわりが見て取れます。

機能面では、先端を行くスマートキーを装備。

歴代の「スーパーデラックス」にもなかったような高級感を感じます。

エンジンはグロムやモンキーと同等のもの。

やはりここにもあしらわれたクロームパーツが、輝きを主張しています。

シフトは、やはりカブとしては当然の遠心クラッチ付き4速。

変速ショックを押さえた静かでスムースなギアチェンジが可能。

これは、乗り味としても上質感にこだわった部分なのだそうです。

こうして全体を見てみると、「かなりゆとりが与えられたカブ」という印象を受けます。

しかし、カブの魅力は「普遍性」だという人も多く、「地味に親しめるカブの魅力」が失われたのでは?として、上質コミューターとしてのカブに否定的な意見もあります。

彼らが言うようにカブは実用車として「地味」にあるべきなのでしょうか?

それは原点回帰

先述の様に初代カブの登場は昭和33年。

その6年後に東京オリンピック行われたわけですが、筆者は平成2年ころ、その選手村であった国立オリンピック記念青少年総合センター(改築前)に宿泊したことがあります。

東京オリンピックの選手村として使われていた建物には、やはり古めかしさも感じました。

しかしそれは、昭和30年代当時「最先端」の建物だったはず。

当時を考えれば贅沢な造りに世界のアスリートをもてなそうという、「時代の意気込み」のようなものをが感じたのを覚えています。

時代感としてそれを見る中で、初期のスーパーカブもまた新しい時代への期待感をもった乗り物だったのではないかと思います。

くしくも2020年の東京オリンピックに向けて準備が進む現代。

スーパーカブC125にも、やはり新時代への期待というものが込められているような気がします。

あるいはそれが「スーパーカブ」の役割なのかもしれませんね。

そんな「カブの役割」としてそれがよく表されているのがスーパーカブの初期の宣伝広告。

いくつかあるわけですが、その中には「仕事を楽にこなせますよ」というアピールだけではなく、女性をターゲットに「おしゃれなライフスタイル」を提案するようなものも多くありました。

参照元;「ホンダスーパーカブストーリー」より

印刷博物館の蔵書にもなっているというこの作品はバイクでは初めて女性誌に掲載されたものだそうです。

実は最初からカブって地味などころか、斬新でおしゃれだったんですね。

さらにホンダは、カブを世界に紹介する際もビジネスユースだけではなく、より多くの人々に可能性と豊かさを提案するかたちで宣伝をしています。


参照元;「ホンダスーパーカブストーリー」より

どの時代でも人々の暮らしの中に可能性と快適さを提案し続ける乗り物。

「高度経済成長」も今は昔。

来年には元号が変わり、新しい時代を迎える日本。

更なる豊かさを目指す時代の中で、スーパーカブが125㏄として登場したのは、ある意味必然だったのかもしれません。

かといって全く違う形のバイクが「スーパーカブ」を名乗るのは誰も納得しないでしょう。

カモメハンドルも、C100にならったC125というネーミングも、恐らくこれまでの時代に敬意を払った原点回帰。

スーパーカブC125が新たな時代に人々の可能性と活力をもたらしてくれることを期待しています。

まとめ

筆者が高校を卒業したての春休み。

新聞奨学生となった仲間が専売所のカブに乗ってきて、

「スーパーカブってスゲーんだぜ!見てろよぉ~」

と言うと彼は、川の土手に置いたカブを思い切り蹴とばして土手の下に落として見せたんです。

「こんなことしてもさぁ、大事なところは壊れないし、ちゃんとエンジンかかるんだゾぉ」

そう言って笑いながらエンジンをかけて見せたのを30年経った今も覚えています。

確かにこれは強烈でしたし、バイク漫画「ばくおん」に書かれたことが冗談でないんですね。

この驚くべき寛容性?こそがカブだという人には、今回のスーパーカブC125はあまりにも繊細に見えるのかもしれません。

確かにスーパーカブC125は土手から落とたり、スレッジハンマーで殴ったりしたら壊れるでしょう。

しかし、ご紹介してきたように、生活の中に何か新しい提案をし続けるのが「カブの意思」だとすれば、それはスーパーカブC125の中にもしっかりと受け継がれているのだと思います。

特に125㏄クラスはスクーターが全盛なわけですが、カブの場合はギア付きながらクラッチ操作を必要としないため、AT限定免許での乗車も可能です。

ですから、スクーターしか知らないという人でもギアの小気味よさを味わい、バイクに「足」以上の魅力を感じてバイクのある人生を楽しむきっかけになるかもしれませんね。

スーパーカブC125なら、これからバイクライフを始める人の良き相棒としてふさわしいと思います。

これからの新時代にもスーパーカブは「自由への翼」として普遍的な存在感を持ち続けることでしょう。

スーパーカブC125諸元

写真・諸元参照元;ホンダ技研工業株式会社




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