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至高の1杯と、不変の鉄馬について
休日の早朝、愛車のNC750Xで軽く峠を流した後、パーキングエリアで飲む缶コーヒーはどうしてこうも美味いのでしょうか。こんにちは、モーターサイクルナビゲーターのライター、田中恒一です。52歳になった今でも、エンジンの鼓動と風の匂いには心躍るものがあります。
さて、今回は海外の掲示板で見かけた、ある興味深いトピックについてお話ししたいと思います。「父親が不動車の80年代Honda 200Rをビール2箱で譲り受け、修理して走れるようにした」というニュースです。
この話を聞いた瞬間、私は思わず膝を打ちました。なぜなら、これこそが私が25年間バイク業界に身を置き、そして今もHondaを愛し続ける理由そのものだからです。ビール2箱という対価はさておき、数十年放置されていても手を入れれば息を吹き返す。この「当たり前の奇跡」こそ、Hondaの真骨頂なのです。私のガレージに眠るBROSや、16歳からの相棒であるスーパーカブにも通じる、あの絶対的な信頼感。今回はこのニュースを肴に、技術屋の視点からHondaの凄みを語らせてください。
結論:Hondaのエンジンは、簡単には死なない
結論から申し上げますと、80年代のHonda製空冷単気筒エンジン(おそらくXR200RやXL200Rの系譜でしょう)は、物理的な破壊がない限り、そう簡単に土へは還りません。今回の「ビール2箱での復活劇」は、単なるラッキーな掘り出し物の話ではなく、当時のHondaがいかにオーバークオリティとも言える耐久性と整備性を製品に込めていたかという証左です。
私が乗ってきたX4のような水冷直列4気筒の精密機械も素晴らしいですが、この時代の空冷シングルには、機械としての原点があります。優等生すぎて面白みがないと揶揄されることもありますが、放置されても腐っても、洗って油を差せば動く。これこそが最高の性能であり、なんと尊いことでしょうか。
業界視点で読み解く、復活劇の裏側にある3つの理由
1. 異常なまでの「素材と設計」の堅牢さ
私がかつて所有していたCB-1や現在のBROSにも言えることですが、80年代から90年代初頭のHonda車は、コストのかけ方が現代とは少し違います。特にオフロードモデルである200R系のエンジンは、過酷な環境で使われることを前提に設計されています。
シリンダーの材質、ピストンリングの公差、そして何よりシンプルな構造。これらが組み合わさることで、長期間不動であっても、キャブレターの洗浄とプラグ交換、オイル交換程度で目覚めることが多いのです。業界にいた頃、ボロボロのXRが入庫してきても、「圧縮さえあればなんとかなる」と楽観視できたのは、Hondaへの信頼があったからです。まさに技術屋魂の結晶と言えるでしょう。
2. 整備性が生む「レストアの沼」への誘い
現在の私の愛車、NC750XはDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を搭載したハイテクマシンです。カウルを外すのも一苦労、電子制御の塊です。しかし、80年代の200Rは違います。スカスカのフレームに鎮座するエンジンは、まるで「さあ、直してくれ」と言わんばかりにアクセスが容易です。
ビール2箱で譲り受けたお父上も、おそらく週末のガレージでビール片手にバラしたのでしょう。構造が単純明快であるため、プラモデル感覚で手を出せる。そして一度手を出すと、その楽しさに取り憑かれ、気づけばレストアという底なしの沼にハマっていくのです。これは悪いことではありません。機械と対話する時間は、何物にも代えがたい贅沢ですから。
3. 汎用部品と流用の可能性
「ビール2箱」という価格設定には正直草が生えますが、実は維持費という面でもこの選択は賢いと言えます。Hondaの縦型エンジンやその周辺パーツは、世界中でコピーモデルが作られるほど普及しており、純正部品が出なくても、他車種の流用や社外品でなんとかなるケースが非常に多いのです。
私の所有するスーパーカブ50もそうですが、世界中で愛されるモデルには、部品供給のネットワークという見えない資産があります。不動車を直す際、最も恐ろしいのは「部品がない」こと。しかし、Hondaのこのクラスなら、知恵と工夫でなんとかなる。それが「直してみよう」という気にさせるのです。
費用の目安:ビール2箱の先にある現実
車両本体がタダ同然だったとしても、安全に走るためにはそれなりの出費が必要です。私がもし、この200Rを日本で手に入れ、公道復帰させるとしたら、最低限以下の費用を見込みます。
- タイヤ前後交換:約25,000円(命を乗せる部分です、ケチってはいけません)
- バッテリー&電装系:約10,000円(6Vか12Vかによりますが)
- キャブレターOHキット:約5,000円
- チェーン&スプロケット:約15,000円
- オイル・油脂類:約5,000円
- その他ゴム類・ワイヤー類:約10,000円
合計でおよそ70,000円程度でしょうか。これを高いと見るか安いと見るか。現代の新車を買うことを考えれば格安ですが、手間賃(プライスレス)を含めると、やはり趣味の領域です。しかし、自分の手で蘇らせたバイクで走る喜びは、ST1300で大陸を横断するのとはまた違った、根源的な喜びがあります。
中古不動車に手を出す前のチェックリスト
もし読者の皆様の中に、「自分もビールでバイクを買いたい(あるいは格安不動車を買いたい)」と思った方がいれば、元プロとして以下の点だけは必ず確認することをお勧めします。これらがダメだと、沼どころか地獄を見ます。
- キックは降りるか、圧縮はあるか:エンジンの焼き付きは修理費が跳ね上がります。
- タンク内のサビ:穴が空いていると、補修の難易度が急上昇します。
- フレームのクラック:特にオフロード車は、過去にジャンプなどで酷使され、ネック部分にヒビが入っていることがあります。
- 書類の有無:どんなに綺麗に直しても、登録できなければただの置物です。
よくある質問(FAQ)
Q:初心者がいきなり不動車に手を出しても大丈夫ですか?
A:根気と場所があれば大丈夫です。特に空冷単気筒のHonda車は教材として最高です。ただし、ブレーキなどの重要保安部品だけは、プロのチェックを受けることを強くお勧めします。
Q:80年代のバイクは壊れやすいですか?
A:構造的には現代のバイクより単純で頑丈です。ただし、ゴム部品や樹脂パーツの経年劣化は避けられません。「壊れる」というより「消耗品を交換する」感覚で付き合えば、長く乗れます。私のBROSもゴム類は総取っ替えしました。
Q:今のバイク(NC750Xなど)と比べてどうですか?
A:快適性や絶対的な性能では現代のバイクに軍配が上がります。しかし、「操っている感覚」や「機械としての温かみ」は旧車に分があります。どちらが良い悪いではなく、それぞれの良さがあります。だからこそ、私はNCとBROSとカブ、3台持ちをやめられないのですが(笑)。
最後に。ビール2箱で譲ってくれた元の持ち主も、それを直したお父上も、どちらも素晴らしいバイク愛の持ち主だと思います。古いHondaが再び大地を駆ける。その事実に、私は一人のHonda党として、静かに祝杯をあげたいと思います。もちろん、ノンアルコールビールで。

