
個人的に、カスタム雑誌というのは時代を映す鏡だと思っています。英国の老舗カスタム誌Back Street Heroesの2026年6月号が「往年のベストカスタム特集」を組むと聞いて、正直「またノスタルジーか」と斜に構えました。ですが、現場で7年整備をやってきた立場からすると、この流れには無視できない意味があります。賛否はあるでしょう。それでも私は、旧車チョッパー文化の再評価が今のカスタムシーンに必要だと考えています。今回はこの一冊を切り口に、業界視点とユーザー視点、賛成派と反対派の声を整理しながら、整備屋目線で本音を語ります。
目次
私はこう見た:旧車カスタム再評価の波
まず私の立場をはっきりさせます。Back Street Heroes 2026年6月号の旧車カスタム特集は、単なる懐古趣味ではなく「鉄の塊をちゃんと走らせる文化」への回帰だと受け止めました。誌面では古いチョッパーを「あるべき姿で走らせる」と謳っているそうで、これは現役整備士として強く共感する一言です(出典: https://www.morebikes.co.uk/latest-issue/latest-issue-bsh/285125/june-2026-3/)。
私自身、22歳で初めてCB750のカスタムに手を出した時、まさに同じことを感じました。古い空冷四発をただ磨いて置いておくのではなく、キャブを開けて、点火を合わせて、毎週末走らせてこそ意味がある。今もガレージにあるCB1100は、その延長線で組んでいます。
客観的に言えば、英国のチョッパー文化と日本のCB族カスタムは出自が違います。しかし「分解しやすい設計を、自分の手で再構築する」という思想は地続きです。私はそこに価値を見ています。最新の電子制御車では、こうした手触りはどうしても薄れる。だからこそ旧車特集が組まれる意味があるのです。
業界視点での評価:雑誌が旧車特集を組む経済的理由
業界の中の人間として言わせてもらえば、カスタム誌が旧車特集を組むのには冷静な計算があります。客観的に見て、現在のカスタムパーツ市場で利幅が出るのは新車向けより旧車向けです。理由は単純で、旧車オーナーは長く乗る前提で財布を開くからです。
Back Street Heroesは英国最大級の月刊バイク誌の一角で、その編集判断は市場のセンサーでもあります。彼らが「往年のベスト」を持ち出すのは、読者層が成熟し、可処分所得が上がっているサインと読めます。日本でも同じ構図はあって、CB-Fやゼファー系の部品再生産が続いているのは、まさにその需要があるからです。
私の店時代の体感でも、新車のドレスアップで5万使う客より、30年落ちの車体に30万のレストア投資をする客のほうが、リピート率も満足度も高かった。これは現場の肌感覚です。
もちろん批判もあります。「旧車賛美はメーカーの新車販売を冷やす」という声です。客観的には一理ある。しかし長期的には、整備文化が生き残ることでバイク全体のすそ野が守られる。私はそう考えています。
ユーザー視点での評価:乗り手は何を求めているのか
ユーザー側の本音を考えてみます。私のところに整備相談に来る常連には、40代後半から60代の方が多い。彼らが求めているのは、最新のライディングモードでも、トラコンの介入レベル調整でもありません。「自分で触れる範囲が広いバイクをもう一度持ちたい」という、ただそれだけです。
実際、CB400SF(私の19歳の相棒で、今は部品取り兼予備機)を見せると、必ず話が弾みます。キャブの同調が取れた時の吸気音、点火時期を合わせた瞬間のアイドリングの落ち着き方。これは数字では測れない満足感です。整備士として、こうした顔の表情の変化を見られるのは現場の醍醐味でもあります。
一方で若い層はどうか。客観的に言えば、20代のライダーがいきなり40年落ちのチョッパーに手を出すのは現実的ではありません。電装も油脂類も別世界で、配線一本の処理に半日かかることも珍しくない。ただ、こうした雑誌を入り口に「自分で組む文化」に興味を持つのは健全な流れだと思います。
私のCBR600RRはサーキット用で電子制御の塊ですが、それと並列で旧車を持つ生活も成立する。両極端を行き来することで、それぞれの良さが立体的に見えてくる。ユーザーが二極で楽しめる時代になった、というのが私の見立てです。
賛成派の言い分:設計思想とパーツ流通という資産
旧車カスタム再評価に賛成する側の主張を整理します。最大の論点は「設計の素直さ」です。70〜90年代の空冷エンジンは、サービスマニュアル片手に分解できる構造で、特殊工具も限定的でした。HondaのCB系で言えば、腰上を開けるのに必要なのは基本工具とトルクレンチ、そしてSSTが数点。これだけで一通りの作業ができます。
賛成派が強調するもう一つの点は、パーツ流通の安心感です。Hondaは旧車部品の再生産にもそれなりに前向きで、純正欠品があってもサードパーティが受け皿になる。私のガレージのCB1100は現行寄りですが、CB750時代の知見がそのまま生きる場面が多々あります。
客観的なデータで言えば、英国の旧車市場は年々拡大していて、Back Street Heroesのような専門誌が成立しているのが何よりの証拠です。
私自身も賛成派寄りです。理由は明確で、「壊れたら直せる」前提のモノづくりに対する敬意があるからです。電子制御化が進む現代において、この思想は希少資源です。失われる前に文化として残す価値があると、強く思っています。
反対派の言い分:安全性と環境負荷という現実
公平のために、反対派の主張もきちんと取り上げます。最も強い反論は安全性の問題です。客観的に言って、40年落ちのチョッパーはブレーキも足回りも現代基準では心許ない。ドラムブレーキの効きを「味」と呼べるのは、それを承知で乗る整備リテラシーがある人だけです。一般道で現代車と混走する以上、制動距離の差は事故リスクに直結します。
環境負荷も無視できません。キャブレター車は排ガス規制の観点で現代車に劣ります。都市部での乗り入れ規制が広がる欧州では、これが現実的な制約になりつつあります。ロンドンのULEZのような規制は、今後さらに他都市にも波及するでしょう。
さらに「カスタム文化の美化が初心者を危険に晒す」という指摘もあります。私も整備の現場で、配線を素人改造して燃えかけた個体を何台も見てきました。リレーの容量計算も電線の許容電流も無視した配線は、本当に火を噴きます。雑誌の華やかなビルドを真似て、基本を飛ばす人が出るのは事実です。
私はこの反対意見を頭ごなしに否定しません。むしろ重要な指摘だと思っています。ただし、だからといって旧車カスタムそのものを否定するのは違う。「正しく整備された旧車」と「見栄えだけの危険な改造」を分けて議論すべきで、雑誌の役割はまさにその啓蒙にあるはずです。
結論として:私はこの流れを支持する
結論を述べます。私はBack Street Heroes 6月号が打ち出した旧車カスタム再評価の流れを支持します。理由は三つあります。
一つ目は、整備文化の継承です。分解して、原因を突き止めて、組み直す。この一連の作業を経験できる車体が減っている今、旧車は教材としても貴重です。私が19歳でCB400SFに出会わなければ、整備の道には進んでいなかった。それくらい入り口として強い存在です。
二つ目は、メーカーへのフィードバックです。旧車が長く乗られることで、Hondaのような「部品を出し続ける」設計思想の正しさが証明されます。これは新車開発にも好循環をもたらします。
三つ目は、ユーザーの選択肢の確保です。最新電子制御のCBR600RRも、空冷四発のCB1100も、どちらも正解。一つの正解しかない世界は、文化としてやせ細ります。
ただし、安全性と環境への配慮は譲ってはいけない一線です。ここを軽視した旧車礼賛は、長期的に文化そのものを潰します。読者の皆さんには、雑誌の華やかな写真の裏にある「整備の積み重ね」を見てほしい。それが私からの提案です。
まとめ
私の立場は明確で、旧車カスタム文化の再評価は支持します。Back Street Heroes 2026年6月号が示した「あるべき姿で走らせる」という姿勢は、整備の現場で7年やってきた私の感覚と一致します。CB400SFで整備の世界に入り、CB750でカスタムを覚え、今もCB1100を弄り続けている人間として、この文化が次世代に渡らなければバイクという乗り物の面白さは半減します。一方で、安全性や環境への配慮を欠いた懐古主義には反対です。読者の皆さんには、ご自身の整備リテラシーと相談しながら判断してほしい。気になった方は、まず手持ちのバイクのサービスマニュアルを開くところから始めてみてください。次のステップは、信頼できる整備士のいるショップを一軒見つけることです。

