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英国でジャパニーズクラシック展示会、私はこの動きを歓迎する

英国でジャパニーズクラシック展示会、私はこの動きを歓迎する

個人的には、海外でジャパニーズクラシックがちゃんと評価されている現状を、もっと日本のライダーは知るべきだと思っています。英国ニューアークで6月7日に開催される'Normous Newark Autojumbleで、Japanese Classics Display Dayが組まれるというニュースを読みました。HondaやKawasakiといった国産旧車が、英国の専門クラブVJMCと一緒に並ぶ。これ、現場で旧車を弄っている人間からすると、ただのイベント告知では片付けられない話なんです。今日はこのニュースを軸に、私がなぜこの流れを評価するのか、業界側とユーザー側それぞれの視点から本音で書いていきます。

私はこう見た、国産旧車の海外評価という現実

まず私の立場をはっきりさせます。私は、日本のメーカーがCB族をはじめとした旧車のパーツを今でもそれなりに出してくれる、その設計思想そのものに敬意を持っている人間です。だから今回のニュース、英国のニューアーク・ショーグラウンドで6月7日にJapanese Classics Display Dayが開かれるという話は、素直にうれしい。Honda、Yamaha、Suzuki、Kawasakiといった4メーカーの旧車を、英国のオーナーたちが自慢げに並べる光景が目に浮かびます(出典: https://www.morebikes.co.uk/new-features/285141/japanese-classics-display-day-rolls-into-normous-newark-autojumble-this-june/)。私のガレージには今、CB1100とCBR600RR、それと部品取り兼用のCB400SFがあります。CB400SFは19歳で初めて買った思い出の系譜で、未だに手放せない。こういう「個人の物語が乗っている旧車」が、海を渡った先でも同じように愛されている。私はこれを、日本車の設計の正しさが時間で証明された結果だと見ています。客観的に言えば、英国はもともとトライアンフやノートンといった自国の旧車文化が根付いた国です。そこに国産車がコーナーを持つというのは、決して当たり前ではない。Vintage Japanese Motorcycle Club(VJMC)という専門クラブがわざわざ存在し、現地で技術と知識を継承している。この事実は、日本国内でCB750やZ1を弄っている我々にとっても励みになります。

業界視点で見る、パーツ供給とイベントの相互作用

業界側、つまりパーツ屋や整備工場の目線で見ると、こういう海外イベントは無視できない意味を持ちます。客観的な話をします。旧車のレストア需要は、国内だけだと先細りしやすい。理由は単純で、日本のユーザー人口だけではリプロパーツの金型を維持する商売が成り立ちにくいからです。ところが英国、ドイツ、オーストラリア、アメリカといった海外の旧車ファンが一定数いることで、結果的にリプロ部品メーカーが食えている。私が独立系のバイク屋で7年整備をしていた頃、CB750のキャブレターの部品を海外サプライヤーから取り寄せたことが何度もありました。あれは海外需要があるからこそ流通している部品です。今回のニューアークのようなオートジャンブル、つまり部品市が定期開催されていることは、現地のレストア文化を維持する血液みたいなものです。トレーダーが集まり、ガレージで眠っていた部品が表に出てくる。プロジェクトベース車も流通する。私はこの循環が、回り回って日本国内のCB族のパーツ流通も支えていると見ています。一方で、私の本音を言えば、日本メーカーはこの海外の熱量にもう少し応えてほしい。客観的にはHondaの旧車パーツ供給は世界トップクラスだと評価していますが、それでも年々廃番が増えているのは現場の整備士なら誰でも知っている話です。海外イベントが盛り上がっているうちに、メーカーは「まだ需要がある」というメッセージを受け取るべきだと思います。

ユーザー視点で見る、旧車を所有することの意味の変化

ユーザー側の視点に切り替えます。今回のイベントの参加基準、車は20年以上、バイクは15年以上というのは、欧州の旧車基準としてはわりとよくある線引きです。これを日本のライダーに当てはめると、2010年式のCB1100あたりは、もう英国基準だと「クラシック枠」になるんですよ。私のCB1100、立派なクラシック扱いです。これは少し笑える話ですが、考えさせられる線引きでもあります。私自身、27歳のときにCBR1000RRで峠を走り込んでいた時期があって、その頃は旧車に乗る人を「渋いなあ」と少し他人事で見ていました。でも30歳でCB1100を入れてから、感覚が変わった。最新型の刺激ではなく、エンジン1基と長く付き合う面白さに気づいたんです。バルブクリアランスを自分で取って、キャブ車ならではの始動のクセに付き合って、季節ごとに変わる調子を読む。この遊び方は、年式が古くなるほど深まります。英国のオーナーがニューアークに自分のZ1やCB750を持ち込む心理、私にはよくわかります。あれは展示というより、自分の手の入れ方を見てもらう場なんです。日本でも、こういう「弄った成果を持ち寄る」場がもっと増えてほしい。即売イベントは多いけれど、純粋に旧車を並べて語り合う場は意外と少ない。VJMCのような専門クラブが英国にあって、日本にもVJMCJ的な動きがある。ユーザー目線では、こうしたコミュニティに早めに顔を出しておくと、部品の出どころも整備のコツも一気に手に入ります。

賛成派の言い分、文化としての旧車を残すべき理由

賛成派の論理を整理します。私はこちら寄りなので、贔屓目はあると最初に断っておきます。第一に、旧車は産業遺産です。1970年代のCB750FOURや、Z1、GT750といった機種は、日本のメーカーが世界に技術を見せつけた象徴的な車両です。これを次世代に残すには、走れる状態で保存することが一番効きます。ガラスケースに入れた博物館展示ではなく、エンジンに火を入れて公道を走らせる。これができるのは、ニューアークのようなイベントに集まるオーナー個人たちです。第二に、整備技術の継承です。私は7年間、独立系のバイク屋で先輩から旧車整備を叩き込まれました。キャブのオーバーホール、ポイント点火の調整、フレーム修正。今の若い整備士はFI車から入るので、これらの技術に触れる機会が減っています。旧車イベントは、技術が「使われ続ける」ことで継承される現場なんです。第三に、カスタムベースとしての価値です。CB750もCB1100も、分解しやすく部品が出る。これはカスタムビルダーにとって最高の素材です。海外でジャパニーズクラシックが評価され続ければ、リプロパーツメーカーも生き残り、結果として日本国内のカスタム文化も延命します。客観的に見ても、英国の旧車市場規模はEU離脱後も底堅く、ジャパニーズクラシックの相場は10年前と比較して2〜3倍に上がった機種もあると言われています。文化としての旧車を残すことは、結果として経済合理性とも矛盾していません。

反対派の言い分、私はここに一定の理を認める

公平に反対派の論理も書きます。これを書かないと、ただのメーカー擁護一辺倒になって、自分でNGにしている書き方になってしまうので。反対派の主張はおおむね3つです。ひとつ、旧車は環境性能で現代基準を満たさない。欧州ではEURO5、近くEURO5+が基準で、80年代のキャブ車はもちろん通りません。二輪を文化財扱いするのか、移動手段として現代基準に揃えさせるのか、線引きが曖昧だという批判は、客観的に見て筋が通っています。ふたつ、旧車の維持には金がかかる。これは現場の人間として正直に言いますが、まともに走らせるCB750を維持するには年間20万円前後の整備予算は見ておきたい。タンク内のサビ取り、ハーネス引き直し、キャブの同調、ハブベアリング交換、こうした作業が積み上がります。経済合理性で言えば、新車のレブル250を買って乗ったほうが安く済むのは事実です。みっつ、安全性の問題。70年代のフレーム剛性、80年代のブレーキ性能、これらは現代の交通環境とミスマッチを起こす場面があります。私はCB1100を普段使いしていますが、これは現代設計の旧車風モデルだから成立している話で、本物のCB750を毎日乗れと言われたら正直しんどい。反対派が言う「博物館に置けばいい」という意見、感情的には受け入れがたいですが、論理としては理解できます。ただ私は、それでもなお走らせる側に立ちます。理由は次のまとめで書きます。

結論として、私はニューアークの動きを支持する

ここまで賛否両方の論を並べたうえで、私の結論を書きます。私は今回のJapanese Classics Display Dayの動きを明確に支持します。理由は、旧車を「動態保存」する現場こそが、メーカーのパーツ供給を引っ張り出す唯一の圧力だからです。客観的に言って、メーカーは需要がなければ部品を出しません。これはビジネスとして当然の判断です。ところが、英国のオーナーたちがVJMCを通じて声を上げ続け、ニューアークのようなイベントで実車を並べ、トレーダーが部品を流す。この循環が見えている限り、Hondaも完全には供給を切れない。私のCB400SFがいまも部品取りとして機能しているのは、この世界的な循環の末端にいるからです。一方で、反対派が指摘する環境性能や安全性の課題は、私個人のレベルでも引き受けるべき責任だと思っています。だから私は普段の足にCB1100を選び、サーキットにはCBR600RRを持ち込み、本気の旧車であるCB400SFは部品取りに回す。使い分けです。すべての旧車を毎日乗れとは言いません。でも、走れる旧車を一台、自分の手で維持してみる経験は、ライダーとしての視野を確実に広げてくれます。賛成か反対かは個人の選択で構いません。

まとめ

私の立場をもう一度はっきり書きます。英国ニューアークで6月に開かれるジャパニーズクラシックの展示は、単なる海外イベント情報ではなく、日本車の旧車文化が世界規模で生きている証拠です。私は現場の整備経験と、CB1100やCB400SFを所有してきた実感から、この動きを評価します。ただし、旧車を残すべきだという主張は、環境性能や維持コストといった反対側の論理と常にセットで考えるべきです。読者の皆さんに問いたいのは、自分はどちら側に立つのかという点です。動態保存に一票を投じるなら、まずは近所の旧車ミーティングに顔を出すこと、そして信頼できる整備士を一人見つけておくこと。この2つから始めれば、旧車の世界は確実に開けます。次の週末、ガレージの奥のCBに火を入れてみませんか。

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