
また一つ、モトクロッサーの歴史が動きました。ホンダが2027年型CRF450Rを全面刷新し、エンジン・フレーム・サスペンション・外装まで作り直してきたのです。私はこの報を聞いた瞬間、1973年のエルシノアCR250M登場の興奮を思い出しました。あの時もホンダは「勝つために全部やり直す」という姿勢を見せたのです。チャンピオンを獲った2026年型を自ら否定して作り直す。この自己批判的な開発姿勢こそ、ホンダ・モトクロッサーの伝統そのものなのです。今回はこのフルモデルチェンジを、半世紀にわたる系譜の中に位置づけて読み解いていきます。
目次
エルシノアから始まったホンダ・モトクロッサー50年の歩み
ホンダがモトクロッサーの世界で本格的に存在感を示したのは、1973年のCR250M、通称エルシノアからです。それまで2ストロークの世界はヤマハYZや欧州勢が主導していた中、ホンダは後発参入ながら一気にトップ集団に食らいついた。私が高校生だった頃、雑誌でこの銀色のタンクを見て胸が高鳴ったのを今でも覚えています。
その後CRシリーズは80年代に黄金期を迎えます。1981年のCR450R、1984年のCR500R、そして250クラスでは1986年から始まるリック・ジョンソンのAMA連覇。ホンダのモトクロッサーは「速いだけでなく壊れない」という評価を確立しました。私自身、当時GSX-R750で峠を走りながらも、河川敷で友人のCR250Rに跨らせてもらい、その軽さと素直なハンドリングに驚いたものです。
2002年に4ストロークのCRF450Rが登場すると、世界は再び塗り替えられました。2ストの時代を終わらせた立役者の一台です。以来CRF450Rは、2009年のフューエルインジェクション化、2013年のツインマフラー、2017年のユニカム廃止と、節目ごとに大手術を受けてきました。今回の2027年型は、その系譜の中で見ても明らかに大きな転換点に位置しているのです。
同時代のライバルたち、450クラス戦国時代の現在地
450ccモトクロッサーの市場は、いま戦国時代の様相を呈しています。ヤマハYZ450Fは2023年型でリバースシリンダーを継承しつつ電子制御を強化、カワサキKX450は油圧クラッチを採用、スズキRM-Z450は刷新の遅れが指摘されつつも根強いファンを持つ。さらにKTM 450 SX-FとハスクバーナFC450の兄弟、そしてGASGASを加えたピエラ・グループ勢が欧州製の強みで攻めています。
面白いのは、各社の開発思想が分かれてきたことです。ヤマハは電子制御と燃焼効率、カワサキは操作系の高級化、欧州勢はフレームと足回りの軽量化。その中でホンダは何を選んだか。今回の2027年型で打ち出してきたのは「クラス最軽量」と「ダイナモ上の数字ではなく実戦ペースに合わせた出力特性」という方向性です。
これはホンダらしい選択だと私は思います。1980年代のCR250Rが「カタログスペックでは負けても、コースで速い」と評価されたのと同じ哲学です。ジャスティン・ブレイトンのような経験豊富なライダーを開発に絡ませてきたあたりも、フレディ・スペンサーやリック・ジョンソンと組んだ時代を彷彿とさせます。ライバルがスペック競争に向かう中で、ホンダは「ラップタイムが出る一台」という原点に戻ってきたわけです。
2027年型CRF450Rがチャンピオンマシンを否定した意味
ここで重要なのは、2026年型がAMAスーパークロスでタイトルを獲った勝ちマシンだということです。普通のメーカーなら、勝った翌年はマイナーチェンジで延命させます。開発リソースを温存し、勝ち馬を引き延ばすのが商売の定石でしょう。しかしホンダは、新エンジン・新フレーム・新サスペンション・新外装という「四点同時刷新」を選んだ。
この判断は、過去のホンダにも前例があります。1992年のCR250Rがアルミフレームを初採用した時、前年型は十分競争力があったのにあえて作り直しました。2002年に4ストCRF450Rへ移行した時も同じ。「勝っているうちに次へ行く」という攻めの開発姿勢が、ホンダ・モトクロッサーの伝統なのです。
私のガレージにはCBR250RR(MC22)とW650が並んでいますが、両車ともホンダとカワサキが「次世代の標準」を作ろうとした時期の産物です。MC22は4気筒250ccの最終進化形であり、その後のホンダは250ccレーサーレプリカ路線を捨てて別の道へ進みました。攻めて勝ち、勝ったら次の地図を描く。これがホンダの開発文化なのだと、長年見てきて感じます。2027年型CRF450Rの全面刷新も、この文脈に置けば必然なのです。
系譜から読み解く今回の設計思想、軽さと実戦ペース
「クラス最軽量」というキーワードは、ホンダ・モトクロッサーの歴史を貫く合言葉でもあります。1973年のエルシノアCR250Mが当時の競合より約10kg軽かったこと、1997年のCR250Rがアルミ製ツインスパーフレームで衝撃を与えたこと。軽さこそホンダの武器だった時代が長くあります。
一方で2010年代、CRF450Rは一時期「重い」「曲がらない」と評されたことがありました。電子制御や排ガス規制への対応で重量が増え、ライバルとの差が縮まった時期です。私はその頃、専門誌の取材で複数のプロライダーに話を聞きましたが、「ホンダはもう一度軽さに戻るべきだ」という声が多かったのを覚えています。
2027年型がクラス最軽量を謳ってきたのは、この10年の反省を踏まえた回答でしょう。さらに「ダイナモ上の数字ではなく実戦ペースに合わせた出力」という表現も興味深い。これは2000年代前半、ホンダのワークスチームがピークパワーよりも中速域のトルク特性を重視してマシンを煮詰めていた時期の思想と重なります。技術の革新性とは、必ずしも新機軸の追加ではなく、原点への回帰でもあるのです。あの時代があったから、今のCRF450Rがある。歴史を見続けてきた者として、そう感じます。
未来予測、市販モトクロッサーは次の十年でどう変わるか
2027年型CRF450Rの登場は、市販モトクロッサー全体の地殻変動を予感させます。私が注目しているのは三つの軸です。
一つ目は電動化との距離感。ステイシー・カーゴットのアルタ・モーターサイクルズが消えてから、電動モトクロッサーは商業的に成功していません。しかしKTMやハスクバーナの子供向け電動モデルは着実に増えており、450ccクラスでも10年以内に電動の挑戦者が現れる可能性はあります。ホンダが今、内燃機関で「クラス最軽量」を打ち出してきたのは、電動化前夜の最終進化形を見せる意図があるのかもしれません。
二つ目はライダーフィードバック開発の比重増大。今回ジャスティン・ブレイトンが開発に深く関与したように、データロガーだけでなく経験豊富なライダーの感性を取り込む流れが加速するでしょう。これは私のCBR250RR(MC22)が生まれた90年代のWGPマシン開発と似た手法で、原点回帰の一種です。
三つ目は日本市場での扱い。日本国内のモトクロス競技人口は減少傾向にありますが、CRFシリーズはトレールのCRF250L、アドベンチャーのCRF1100Lアフリカツインなど派生モデルへの技術波及が大きい。CRF450Rで得た軽量化ノウハウが、数年後に公道車に降りてくる可能性は十分あります。私たち日本のライダーにとっても、このフルモデルチェンジは無関係な話ではないのです。
まとめ
1973年のエルシノアから半世紀、ホンダ・モトクロッサーは「勝った翌年に作り直す」攻めの開発を繰り返してきました。2027年型CRF450Rの全面刷新は、その伝統に忠実な一台であり、同時にクラス最軽量と実戦ペース重視という原点回帰を打ち出した重要な転換点です。あの時代があったから、今がある。小川としては、この一台が今後数年間の450クラス全体の方向性を決めると見ています。次のステップ予測としては、ここで得た軽量化技術がCRF250RやCRF450X、さらにはアフリカツイン系まで波及していく流れが起きるはずです。ホンダのモトクロッサー史の新章を、ぜひ販売店やレース会場で直接確かめてみてください。
