
正直に言うと、このニュースを読んだとき、私は少し泣きました。1965年、22歳の青年がヤマハの社長に手紙を書いて、世界一周用のバイクを譲り受けた。それから60年。84歳になった吉田滋さんが、今度はドラッグスター250で再び旅に出ているというのです。個人的には、これは単なる美談ではないと感じています。年齢や体力、ブランクを理由にバイクを諦めかけている人にとって、ものすごく重い意味を持つ話だと思うのです。私自身、10年のブランクを経てリターンした身として、この記事は他人事ではありませんでした。今回はこの話題を、私なりの立場で論じてみたいと思います。
目次
私はこう見た:年齢とバイクの関係を覆す事件
まず私の正直な感想から書きます。84歳でアメリカ大陸を横断中という事実に、私は素直に驚きました。しかも乗っているのが250ccのVツインクルーザー、ヤマハ・ドラッグスター。これがまた絶妙な選択だと思うのです。私は今CB650Rに乗っていて、その前はMT-07でした。リターン当初、身長158cmの私はMT-07の足つきに本当に悩みました。停まるたびに緊張する。あの感覚は、若さや体力ではどうにもならない部分があります。だからこそ、84歳の旅人が250クラスのクルーザーを選んだ意味が、私にはよく分かるのです。シート高が低く、車重も軽め、ロングツーリングでも疲れにくい。これは「妥協」ではなく「最適化」です。客観的に見ても、年齢を重ねたライダーが大型を降りて中排気量に戻る選択は、世界的に増えています。吉田さんの旅は、その流れを最も説得力ある形で示した一例だと私は受け取りました。ニュースの詳細はこちらにあります(出典: https://www.rideapart.com/news/795808/1965-yamaha-around-the-world-ride-yds3/)。一人の人間の60年に及ぶ物語が、現代のライダーに「もう遅い」という言葉を返してきている。そんな気がしてなりません。
業界視点での評価:ヤマハというブランドが背負ったもの
客観的に見ると、この話はヤマハにとっても象徴的な出来事です。1965年、当時の社長・川上源一氏が、見ず知らずの大学生にYDS-3と予備パーツを提供した。今の時代の感覚では考えにくい英断です。そして帰国した吉田さんを雇用し、後にコミュニケーションプラザの館長まで任せた。ブランドが個人の冒険に賭け、その個人がブランドの歴史を語り継ぐ立場になる。これは広告では絶対に作れない物語です。業界的に見れば、ヤマハがいま発信すべき「人の文化としてのバイク」をこれ以上ない形で体現しています。電動化やコネクテッドが議論される時代に、84歳のOBがドラッグスターで大陸を走る姿は、強烈なカウンターメッセージになっています。さらに興味深いのは、バーバー・ヴィンテージ・モーターサイクル博物館でケニー・ロバーツと初めて顔を合わせたというエピソード。長年ヤマハに勤めながら一度も会わなかった二人が、引退後の旅先で出会う。私はこの偶然に、バイク文化の懐の深さを感じました。広報的に作り込まれた物語ではなく、現場で起きてしまう物語の強さ。これは他のメーカーにも刺激を与えるはずです。
ユーザー視点での評価:リターンライダーの私が受け取った勇気
ここからは完全に私の主観です。10年のブランクを経て32歳でリターンした私にとって、「年齢」は常に気がかりなテーマでした。膝が痛い日もある。立ちごけが怖い日もある。長距離を走ると翌日に響く。35歳の私がそう感じるのだから、50代、60代でリターンを考える人の不安はもっと大きいはずです。そこにこの吉田さんの話が飛び込んできた。84歳で南カリフォルニアからテキサス、アラバマへ。私は読みながら、自分の言い訳が小さく見えて仕方ありませんでした。重要なのは、彼が無理をしていないという点です。大排気量のアドベンチャーではなく、250のクルーザー。低いシート高、軽い取り回し、トイレ休憩を取りやすいペース配分。これらは女性ライダーや小柄なライダー、シニアライダーが普段から気にしているポイントそのものです。私が常々言っている「足つき」「取り回し」「装備の選び方」は、結局のところ年齢や性別を問わず、長く走り続けるための共通言語なのだと改めて思いました。読者の方にも、自分の体に合うバイクを選ぶことを、もう一度堂々と肯定してほしいのです。
賛成派の言い分:旅は何歳からでも始められる
この旅に共感する人たちの声を、私なりに整理してみます。一つ目は「年齢のロールモデルが少なすぎた」という現実への答え。これまでバイクメディアが取り上げる旅人は、若くて屈強なライダーが中心でした。ユアン・マクレガーとチャーリー・ブアマンの『ロング・ウェイ・ラウンド』は素晴らしい作品ですが、装備もチームも別格です。一方で吉田さんは、ほぼ単独で、市販の250クルーザーで走っている。これは普通の人が真似できる規模感です。二つ目は「機材を選び直す勇気」を肯定する点。大きいバイクから降りることを後ろめたく感じるライダーは多い。でも本当に大切なのは、走り続けることです。私もCB400SFからMT-07、CB650Rと乗り継いできましたが、毎回「今の自分に合う一台」を選び直してきました。三つ目は「物語の力」。バイクは単なる移動手段ではなく、人生の章を刻む道具です。22歳で出発し、60歳でロシアから西へ、84歳で再び北米へ。同じ人物が同じメーカーのバイクで、人生を三度書き直している。これほど豊かな趣味は、そう多くありません。賛成派にとって、この話は「諦めない理由」を増やしてくれる存在です。
反対派の言い分:美談にしすぎることへの違和感
一方で、この種の話に冷静な目を向ける人がいることも、私は理解しています。反対派、というよりは慎重派の意見をフェアに紹介したいと思います。まず指摘されるのは、安全面です。84歳での長距離ツーリングは、本人の体力と判断力があってこそ成立するもので、誰もが真似できることではありません。「やればできる」と一般化してしまうと、無理をするライダーを増やすリスクがある。これは正論です。次に、メーカー絡みの美談には常に広報の影がある、という冷静な見方。元社員の旅をブランドが発信すれば、当然プロモーションとして機能します。物語の純度をどこまで信じるかは、読み手に委ねられます。さらに、若い世代の旅人が同じことをしても、ここまで話題にはならないだろう、という指摘もあります。年齢の数字に過剰反応していないか、という問いかけです。私はこれらの意見も、それぞれ的を射ていると思います。だからこそ、感動だけで消費せず、自分の文脈に翻訳して受け取ることが大事だと感じます。誰かの旅を称えるのと、自分の安全装備を整えるのは、別の作業です。
結論として:私の立場と、読者への問いかけ
ここで私の立場をはっきり書きます。私はこの旅を、心から肯定します。ただし「84歳でもできる」という結論ではなく、「自分の体と機材に正直であれば、長く乗り続けられる」という結論として受け取りたいのです。吉田さんが選んだのは250ccのクルーザーでした。これは大型を降りる潔さでもあり、旅を続けるための知恵でもあります。私自身、リターンしてMT-07で足つきに苦しみ、CB650Rに乗り換えて世界が一気に変わった経験があります。両足がしっかり着くだけで、信号待ちの緊張感は別物になります。バイクは見栄で選ぶものではなく、自分の体に合わせて選び直していいものなのです。装備も同じです。ヘルメットを夏冬で使い分け、ロングツーリングの前には駐車場の入りやすさやトイレの位置を地図アプリで確認する。地味なようでいて、その積み重ねが旅を長く続ける土台になります。読者の方に問いたいのは、ここです。あなたは今のバイクを、本当に自分の体に合わせて選んでいますか。年齢や周囲の目を理由に、選択肢を狭めていませんか。吉田さんの旅は、その問いを静かに、しかし強く、私たちに突きつけていると思うのです。次に乗り換えるとき、見栄ではなく自分の身体の声を聞いてみてほしい。私はそう願っています。
まとめ
84歳でドラッグスター250に跨り、再び世界を走る吉田滋さんのニュースは、私にとって単なる感動話ではありませんでした。年齢を重ねても、機材を選び直し、自分の体に合わせて走り続けられるという、極めて実用的なメッセージとして受け取っています。私自身、CB400SFから始まりMT-07、CB650Rと乗り継いできた中で、足つきや取り回しに何度も悩みました。だからこそ、250クルーザーを選んだ彼の判断に深く共感します。読者の皆さんも、もし今のバイクに小さな違和感があるなら、一度ディーラーで他の車種に跨ってみてください。試乗の30分が、これからの10年を変えるかもしれません。旅は何歳からでも、何度でも始められる。私はそう信じています。

