
五週間の中断を経て、フランスのラカペル=マリヴァルで再開されたFIMモトクロス世界選手権。ニュースの主役はHusqvarnaのケイ・デ・ウォルフとリアム・エヴァーツでしたが、私の目はどうしても別のところに向いてしまいます。1980年代、KX500が泥煙を上げてグランプリを席巻したあの時代、Kawasakiは間違いなく世界戦の主役の一角でした。今、緑のマシンはどこへ行ってしまったのか。今回の記事では、フランスGPの結果を入口に、モトクロス世界選手権の系譜と、Kawasakiオフロード史の重みを、ゼファー1100乗りの視点から振り返ってみたいと思います。
目次
MXGPフランス戦2026、その歴史的背景を辿る
今回再開戦の舞台となったラカペル=マリヴァルは、フランスの伝統的なモトクロスコースとして知られています。MXGP of Franceの結果は、Nestaan Husqvarna Factory Racingのリアム・エヴァーツがMX2で総合4位、ケイ・デ・ウォルフがMXGPで総合4位という、苦戦の末の踏ん張りでした(出典: https://www.totalmotorcycle.com/mxgp-of-france-de-wolf-and-everts-rise-to-the-challenge-at-lacapelle-marival/ )。
しかし私が思い出すのは、もっと古い時代のフランスGPです。1970年代、500ccクラスでBrad Lackeyが Kawasaki KX450 でグランプリを戦っていた頃、フランスのコースは荒れた土と石ころの混じる、ヨーロッパらしい厳しい路面でした。1982年、Lackeyはついに500ccの世界タイトルを獲得しますが、その過程でKawasakiは確かに世界戦の最前線にいたのです。
振り返れば、モトクロス世界選手権は1957年に始まり、500cc、250cc、125ccという排気量別クラスで長く続いてきました。現在のMXGP/MX2体制になったのは2004年からですから、もう20年以上が経過しています。Z1を所有して旧車の歴史に浸る身としては、こうした年代の積み重ねが何より重く感じられます。
ラカペル=マリヴァルというコース名一つとっても、フランスのモトクロス史と切り離せない場所であり、今回エヴァーツ姓のライダーがそこで走っていること自体、私には深い意味を持って映るのです。
同時代のライバルたち、エヴァーツという血脈
今回MX2で4位に入ったリアム・エヴァーツは、あのステファン・エヴァーツの息子です。ステファンといえば、1990年代から2000年代にかけてモトクロス世界選手権を10度制した伝説的ライダー。私が35歳でゼファー1100を手に入れた頃、テレビで彼の走りを観ていた記憶があります。
ステファンが活躍した時代、ライバルはJoël Smets、Mickael Pichon、Stefan Everts自身が乗り換えてきたHusaberg、Suzuki、Yamaha、KTMといった面々でした。Kawasakiは1990年代後半、Mickael Pichonが250ccで2度世界王者になるなど、確かな存在感を放っていたのです。Pichonの駆ったKX250の、あの「無骨でムキムキ」な2ストエンジンの加速は、ロードバイクのZの系譜とどこか通じる質感がありました。
一方、現在MXGPで4位のケイ・デ・ウォルフはオランダ出身の若手で、HusqvarnaファクトリーでJeffrey Herlingsの系譜を継ぐ存在として注目されています。HerlingsもまたKTM/Husqvarna陣営の象徴ですが、私の世代からするとオランダ勢といえばかつてのDave Strijbosまで遡りたくなる。
つまり今回の上位陣は、ヨーロッパモトクロス史の正統な系譜の延長線上にあるわけです。ただし、その輪の中にKawasakiの名前が見えにくくなっていることに、Z1から続くKawasaki党の私としては、少々の寂しさを感じざるを得ません。
今回のフランスGPが示したファクトリー勢力図
MXGPの現代における勢力図は、KTMグループ(KTM・Husqvarna・GASGAS)、Yamaha、Honda、Ducati、そしてKawasakiという構図になっています。今回のフランス戦で総合4位という結果を二人のライダーで揃えたNestaan Husqvarna Factory Racingは、優勝こそ逃したものの、再開初戦としては悪くない仕上がりと言えるでしょう。
注目すべきは、Ducatiが本格的にMXGPに参入してきている事実です。ロードレースの覇者がオフロードでも勢力を伸ばしつつある今、伝統的なオフロードメーカーは戦略の見直しを迫られています。
Kawasakiは現在、Romain Febvreを中心としたファクトリー体制でMXGPに参戦しています。Febvreは2015年に世界王者となったベテランで、KX450Fの戦闘力を引き出せる数少ないライダーの一人。とはいえ、若手の台頭著しい現在のグリッドにおいて、Kawasakiにとって新たな世代の育成は急務でしょう。
私は普段、ゼファー1100とレストア中のZ1、それにW650で街道を走る人間で、モトクロスコースに立つことはありません。しかし、メーカーの戦闘力というものは、最高峰カテゴリーでの実績がブランドの背骨を作るのも事実。1980年代、KX500がGPで勝ち、市販のKX系がモトクロッサーの定番として全国の練習コースを走り回っていた頃の循環が、現代でもどこかで成立してほしい。そう願う私のような旧世代ファンは、決して少なくないはずです。
系譜から見えるモトクロッサー設計思想の変遷
ロードのZ系統が「無骨でムキムキ」の空冷4気筒を貫いてきたように、Kawasakiのオフロードにも独自の哲学がありました。1974年に登場した初代KX、1980年代の水冷化、そして1988年のKX500最終進化形まで、Kawasakiのモトクロッサーは「ハイパワーで御しにくいが、乗りこなせば速い」という性格で知られていました。
これは、私が25歳で乗ったGPZ900Rの初期型に通じる味わいでもあります。あの過剰なまでの主張、扱いに技量を要求する設計思想こそ、Kawasakiの真骨頂なのです。
一方、現代のモトクロッサーは様変わりしました。4ストローク化、フューエルインジェクション、トラクションコントロール、マッピング切り替え。KX450も2019年にフレームから刷新され、エンジンも徹底的に低重心化されました。「速いが扱いやすい」方向に進化したわけです。
これは時代の必然です。グランプリの平均速度が上がり、ライダーへの負担が増した現代において、「乗りにくさ」は美徳ではなくなりました。Husqvarnaがフランス戦で4位を二つ持ち帰れたのも、車体とエンジンが極めて緻密にバランスされているからこそ。
ただ、私のような旧車派からすると、過去のKX500のような「人間が機械に試される」設計には、独特の魅力がありました。レストア中のZ1のキャブをいじりながら、あの時代の設計者たちの執念を感じる瞬間と、根は同じものなのです。
未来予測、Kawasaki緑がGP表彰台に戻る日
では、今回のフランスGPの結果から、シーズン後半とその先をどう読むか。
まずHusqvarnaは、エヴァーツとデ・ウォルフという若い才能を抱え、シーズンを通じて表彰台争いを継続する力があります。特にデ・ウォルフは2024年にMX2王者となった実力者で、MXGP昇格後の適応も順調。今回のフランス4位は、本来の力からすれば物足りないものの、再開初戦としては妥当でしょう。
Kawasakiに目を移せば、KX450のさらなる熟成と、若手ファクトリーライダーの起用が鍵になります。MXGPは欧州市場でのブランドイメージを決定づける戦場であり、ここでの存在感はそのまま市販車の販売にも跳ね返る。1980年代、KX500のグランプリ参戦が市販トレールバイクの売れ行きを支えたように、今もその構図は本質的に変わっていません。
私の予測では、今後数年でKawasakiは450ccクラスにフレッシュなライダーを投入し、Ducatiの本格参入に対抗する形で開発を加速させるでしょう。電動化の波もオフロードに迫っていますが、それはまた別の話。当面はKX450の内燃機関としての完成度をどこまで突き詰められるかが勝負です。
ゼファー1100で週末に山道を流しながら、私は心のどこかでGPの緑のマシンが表彰台の中央に立つ日を待っています。それはZの系譜を愛する者として、ごく自然な願いなのです。
まとめ
MXGPフランス戦のHusqvarna勢4位という結果は、単なる一戦の数字ではなく、モトクロス世界選手権が積み重ねてきた70年近い歴史の一断面です。エヴァーツ姓の若者が走り、デ・ウォルフがMXGPで戦う今、私たちは確かにヨーロッパモトクロス史の正統な続きを観ているのです。そしてその輪の中に、かつてLackeyやPichonで輝いたKawasakiの緑が、もう一度中央へ戻ってくる日を私は待っています。次のステップとして注目したいのは、シーズン中盤戦でのKawasakiファクトリー勢の巻き返しと、Ducati参入が既存勢力図にどう影響を及ぼすかという二点。グランプリは、メーカーの哲学が剥き身でぶつかる場所。Z1のキャブをいじる夜にも、その続きを楽しみに想い描いていたいと思います。

