

個人的に、80年代前半のホンダ縦置きVツイン群には、他のどの時代にもない独特の体温があります。先日、米ワシントン州の小さな町で1984年式CX650Eの完全レストア個体が目撃されたという投稿を読み、私は思わず膝を打ちました。北米では正規販売されず、生産数800台未満とも言われる稀少車。賛否はあるでしょうが、私はこの一台に、ホンダというメーカーの「迷い」と「挑戦」が凝縮されていると見ています。今回はあえてオピニオンとして、このCX系の系譜と現代的価値を語らせてください。
目次
私はこう見た ― CX650Eという「忘れられた挑戦」
私が初めてCXシリーズを意識したのは、1978年のCX500デビュー時でした。当時、私はRD400を所有していて、2ストの軽快さに浸りきっていた時期です。そこへホンダが投げ込んできたのが、水冷縦置きVツイン、シャフトドライブ、プッシュロッドOHVという、誰も予想しなかった構成のミドルでした。正直、最初は「ホンダは何を考えているのか」と訝しんだものです。
しかし時間が経つほどに、この設計の意図が見えてきました。耐久性、低重心、メンテナンスフリー性。長距離を淡々と走り続けるためのパッケージとして、CXは異端ではなく合理の塊だったのです。1983年にボアアップされたのが今回話題のCX650系で、北米向けにはCX650カスタムやシルバーウィングがありましたが、ネイキッド寄りの「E」仕様は欧州・カナダ専売。米国では正規流通せず、件のオーナーがカナダから個人輸入したのも頷けます(出典: https://www.reddit.com/r/motorcycles/comments/1tbr73g/seen_in_the_wild_5122026_coupeville_washington/ )。
私の主観で言えば、CX650Eは「売れ筋を狙わず、技術的信念で出された一台」です。だからこそ40年後の今、生き残った個体に独特の品格が宿るのだと思います。
業界視点での評価 ― ホンダの80年代戦略における立ち位置
客観的に業界の文脈で見ると、CX650Eが登場した1983〜84年は、日本メーカーが直4信仰に完全に舵を切った時期でした。カワサキはGPZ、スズキは私もかつて所有したGSX-R750の前夜、ヤマハはFJ路線。そんな中でホンダだけが、VF系の横置きV4と、CX系の縦置きVツインという二系統のVエンジンを並行展開していたのです。
これは戦略として見ると非常に攻めています。直4の喧噪から距離を置き、振動・冷却・整備性で差別化を図る。CX650Eのプッシュロッドという「あえて旧式」の選択も、信頼性最優先の思想でした。最高出力は公称64馬力前後とされますが、数値以上に粘る低中速トルクが身上です。
ただし市場の反応は冷ややかでした。北米ではフルカウルのインターセプターやV65マグナに資源が集中し、CX650Eは販路すら与えられなかった。生産が短命に終わり、800台未満という個体数で語られるのも、商業的には失敗だったことの証左です。しかし私はこれを「敗北」とは見ません。VFR750FやST1100へと続く、ホンダの長距離思想の地下水脈として、確かに役割を果たしたと考えています。
ユーザー視点での評価 ― 40年後の今、何が魅力か
我が家のガレージにはW650とCBR250RR(MC22)、それにモンキーがいます。年式の幅が広いのは、各時代の空気を手元に置いておきたいからです。その視点から言わせてもらえば、CX650Eの魅力は「80年代前半の手応え」を最も濃く残している点にあります。
W650は90年代のレトロ解釈、MC22は80年代末の4気筒高回転思想。どちらも素晴らしいのですが、CX系が持つ「重ためのフライホイール感」「シャフトの押し出し」「水冷なのに空冷的な熱の出方」は、現代のレストモッドでは再現できません。私が15歳で乗り始めたCB72から数えて40台超のバイクを通ってきましたが、Vツインの縦置きという構成は今や絶滅危惧です。
オーナー視点の実用面では、シャフトドライブで通勤も苦にならず、プッシュロッドゆえに分解整備のハードルも比較的低い。部品供給は厳しくなりつつありますが、欧州や豪州にコミュニティが残っており、ベアリングやガスケット類は流通しています。趣味車として40年付き合うなら、複雑な16バルブDOHC機よりむしろ現実的と言えるでしょう。
賛成派の言い分 ― なぜ今CX650Eを所有する価値があるのか
CX650Eを礼賛する向きの主張を整理してみます。第一に、希少性。生産数800台未満が事実であれば、現存数はさらに少なく、コレクタブルとしての価値は今後も下がりにくいでしょう。北米で見かけたら立ち止まるレベルの稀少車です。
第二に、設計の独自性。縦置きVツイン+シャフトという構成は、現代では往年のモト・グッツィくらいしか継承していません。ホンダが本気で多様性を試していた時代の証人です。
第三に、所有体験の濃さ。私自身、Z1100Rを所有していた頃に思い知ったのですが、80年代前半のバイクは「機械と対話している」感覚が強い。電子制御に頼らず、ライダーの右手と左足が直接トルクを編集する。CX650Eはまさにその時代の代表選手です。
そして第四に、レストア素材としての完成度。投稿のオーナーが「サバイバー状態から完全レストアした」と語っているように、フレーム剛性も電装系も、当時のホンダ品質ですから素性が良い。手を入れれば応えてくれる素材なのです。これらを総合すれば、現代のスーパースポーツ中古を買うより、はるかに豊かな所有体験が得られるという賛成派の言い分には、私も大きく頷きます。
反対派の言い分 ― 冷静に見れば残る課題
一方で、反対派の声にも耳を傾けねば公平ではありません。まず実用性の限界。64馬力前後の出力は現代の高速巡航で不足こそしませんが、追い越し加速や登坂での余裕は乏しい。私のCBR250RRの方が体感的に軽快なほどです。
次に部品供給の不安。北米未発売モデルゆえ、純正パーツの新品在庫は欧州ルートに頼らざるを得ず、円安局面では維持費が読みにくい。電装系トラブル、特にレギュレーター・レクチファイアの持病は、この時代のホンダ全般の弱点として知られています。
さらに、初心者には推奨できない一台でもあります。シャフトドライブ特有のトルク反応、重心の独特さは、現代の素直な車体に慣れた人には違和感が大きい。価格面でも、稀少性プレミアムが乗っており、状態の良い個体は同年代のCB750Fより高値で取引されることもあります。
客観的に言えば、CX650Eは「歴史的価値を理解できる人」にのみ正当化される買い物です。日常の足としてコスパで選ぶなら、現行のレブル500やGB350の方が遥かに賢明でしょう。この点は、私も認めざるを得ません。
結論として ― 私は「文化遺産」として評価する
では最終的にどう位置づけるか。私は、CX650Eを「実用車としてではなく、ホンダ80年代戦略の文化遺産として」評価します。あの時代があったからこそ、後のVFR、ST、そして現代のアフリカツインに連なる「ホンダ的長距離思想」が花開いた。CX系はその源流の一つです。
投稿主が「初めて新車で買った1983年型ナイトホークを思い出した」と書いていましたが、私も同じ感覚を共有します。80年代前半のホンダには、塗装の艶、メッキの厚み、エンブレムの立体感まで、工業製品としての矜持が宿っていました。CX650Eの完全レストア個体を見て胸が騒ぐのは、そこに「失われた基準」が保存されているからです。
もう少し踏み込めば、現代のバイクは性能の頂点を更新し続ける一方で、こうした「異端の選択肢」を許容する余地が著しく狭まりました。EV化と電子制御の進展は不可逆ですし、私もそれを否定しません。ただ、CX650Eのような一台が市場に並んでいた事実を、若いライダー諸氏にも知っておいてほしいのです。
もちろん、すべての読者にこの感覚を強制するつもりはありません。旧車選びで「歴史の本流からひとつ脇道に入った稀少車」を探しているなら、CX系は真剣に検討する価値があると、断言しておきます。
まとめ
私の立場をはっきり申し上げれば、1984年式CX650Eは「商業的には敗者、文化的には勝者」です。北米未発売、生産数800台未満という稀少性は結果論にすぎず、本質はホンダが直4一辺倒の時代に縦置きVツインで提示した思想の独自性にあります。実用車として今あえて選ぶ理由は薄い。しかし40年後に完全レストアされ、ワシントン州の街角で第二の人生を歩んでいる事実こそが、この設計の正しさを証明しています。読者の皆さんはどう判断されるでしょうか。コスパで切り捨てるか、歴史の証人として迎え入れるか。もし旧車イベントやヴィンテージ専門店でCX系に出会う機会があれば、ぜひエンジンを始動させてもらってください。あの低い鼓動を体感してから、自分なりの結論を出していただきたいと思います。

