

Honda UKが2026年5月19日、レディング大学で「Ride Free」プログラムを実施しました。125ccモデルの試乗体験と新規ライダー向け月額プランの紹介を組み合わせた、若年層への入口づくりです。日本のバイク市場も若者離れが長く課題視されてきましたが、この英国の取り組みには参考になる点が多くあります。私は業界に25年携わってきた立場として、今回の発表を単なる海外ニュースとは見ていません。免許制度や生活様式は違えど、メーカーが大学に出向き「まず触らせる」姿勢は、日本でも応用できる発想です。今回はその中身を整理します。
目次
レディング大学で行われた「Ride Free」の概要
今回の舞台となったレディング大学は学生21,000人、職員4,000人を抱える大規模校で、大学昇格100周年という節目の年でもあります。Honda UKはここのメイン駐車場に教習スペースを設け、インストラクターの指導のもとで125ccモデルを実際に体験できる場を提供しました。
展示車両も興味深い顔ぶれです。新型E-Clutch搭載のCB500 Hornetをはじめ、CB125R、Monkey、CRF300L、CMX500、CBR650R、さらに電動スクーターのCUV e:まで並びました。フラッグシップのCBR1000RR-R Fireblade SPも展示され、Honda DreamTechによる技術デモも行われたとのことです(出典: https://www.totalmotorcycle.com/honda-uk-inspires-a-new-generation-of-young-riders-at-reading-university )。
昨年のサウサンプトン大学での成功を受けた継続施策という点も重要です。一度きりのイベントではなく、地道に大学を回って若者と接点を作る。私が業界にいた頃も「若者を取り込め」という号令は何度もありましたが、実際にこれだけ手間をかけて現場に出向く施策は、決して多くありませんでした。広告で訴えるよりも、駐車場でエンジンを掛けさせる方が確実に響く、というのは経験上よく分かります。
注目ポイント1:「まず跨らせる」というHondaの原点回帰
Ride Freeプログラムの最大の価値は、未経験者をその場で125ccに乗せてしまうことにあります。Honda UKのアンディ・ミネイコ氏は「初めて乗った人たちの満たされた笑顔が見られた」と語っており、これがすべてを物語っています。
私自身、16歳でスーパーカブ50に初めて跨った時の感覚を今でも覚えています。エンジンを掛けてアクセルをひねり、自分の体が前へ進む。あの最初の驚きと喜びは、カタログを何時間眺めても得られないものです。今、私のガレージにある現役のスーパーカブ50は、その原体験を思い出させてくれる相棒でもあります。
バイク販売の現場で長く言われてきたのは「試乗した人は契約率が跳ね上がる」という事実です。展示ブースで眺めるだけの客と、5分でもまたがった客とでは、その後の購買行動がまったく違います。Hondaはそれを免許未取得層にまで広げました。これは販売戦略として極めて理にかなっています。
125ccという排気量選びも絶妙です。英国ではCBT(Compulsory Basic Training)という比較的取得しやすい資格で125ccまで乗れるため、体験から実際の購入までの距離が短い。日本でいえば原付二種に近い位置付けで、生活の足としても通学手段としても現実味があります。
注目ポイント2: New Rider Programmeという月額型の入口
もうひとつ見逃せないのが、Honda New Rider Programmeの存在です。これは車両、教習、試験、ライディングギアまでをひとまとめにし、月額2本立て(車両と、教習+装備)で支払える仕組みです。Fireblade と Gold Wing を除くHondaラインナップで利用できるとされています。
業界に長くいた私から見ると、これは非常によく考えられた設計です。新規ライダーが諦める最大の理由は、初期費用の総額が読めないことだからです。「免許でいくら、装備でいくら、車両でいくら、保険でいくら」と積み上がっていくと、若者は途中で計算を止めてしまいます。月額に丸めて見せるのは、心理的なハードルを下げる王道の手法です。
日本でも近年、リースやサブスクリプション型の販売が増えてきました。ただ、教習費用や装備までセットにした例はまだ少ないのが現状です。免許制度や教習所の体系が異なるので単純移植はできませんが、提携教習所と組んで「総額月額〇円」と打ち出す発想は、日本のディーラーにも十分応用可能でしょう。
ちなみに私が長年乗っているNC750X(DCT)も、維持費の読みやすさが選んだ理由のひとつです。燃費、消耗品、保険、車検。これらが想定範囲に収まることの安心感は、新規層にこそ伝えるべき価値だと感じています。
従来の販売手法と何が違うのか
従来、新車販売の現場というのはディーラーに来てもらうことが前提でした。広告を打ち、店舗に呼び、見積もりを出す。この流れは免許保有者を対象にする限り有効ですが、免許を持たない若者には届きません。
Honda UKがやっているのは、その前段階に踏み込む施策です。免許を持っていない、バイクに触れたこともない、興味すら芽生えていない層に、大学のキャンパスで直接アプローチする。販売の入口を一段階前に動かしたわけです。
展示車両の選定にも狙いが見えます。新型E-Clutch搭載のCB500 Hornetは、クラッチ操作の不安を取り除いた現代的な提案です。私が乗るNC750XのDCTもそうですが、左手の煩わしさを軽減する技術は、初心者の心理的ハードルを大幅に下げます。Monkeyのような親しみやすい一台、CRF300Lのような冒険系、CMX500のクルーザー、そして電動のCUV e:まで揃えたのは、「あなたの好みに合うHondaが必ずあります」というメッセージそのものです。
対するライバル各社も若者向け施策を打ち出してはいますが、ここまで体系立てて大学に出向く例は私の知る限りそう多くありません。Hondaの動きが業界全体に波及すれば、日本市場にも良い影響が出るはずです。少なくとも、待っていれば客が来るという時代でないことは、誰の目にも明らかです。
誰に響く話か、日本のライダーは何を学べるか
この記事を読んでいる方が、これからバイクに乗りたい若い世代であれば、まず近所のディーラーで開催される試乗会に足を運ぶことをお勧めします。日本のHondaドリーム店でも、定期的に試乗体験や安全運転講習会が開かれています。実車に触れる経験は、ネットの情報を何百時間集めるよりも価値があります。
すでに乗っているベテラン層にとっても、この話題は他人事ではありません。私たちの世代がいつまでも趣味を続けられる環境は、新規ライダーが入ってくる市場の活力に支えられています。部品供給、メンテナンス網、保険商品、すべては台数があって成り立つものです。私の現在のガレージにあるBROSのような古い車両も、市場全体が健全だからこそ維持できているのです。
業界関係者の方には、ぜひこの大学アプローチの発想を持ち帰っていただきたいと感じます。日本の大学や高専、専門学校には、まだバイクに触れたことのない若者が数多くいます。免許取得支援、車両貸与、装備込みの月額プラン。組み合わせ次第で十分に魅力的な提案ができるはずです。
結論として、今回のHonda UKの取り組みは「未来の顧客を育てる」という業界の本質的な仕事を、地に足のついた形で実行している好例です。販売台数のニュースよりも、こちらの方がよほど重要だと私は考えています。
まとめ
Honda UKがレディング大学で実施したRide Freeと New Rider Programmeは、未経験者をその場で125ccに乗せ、車両と教習と装備を月額で提供する、極めて実践的な若年層開拓策です。対象は当面英国市場ですが、考え方自体は日本にも十分応用できます。これからバイクを始めたい方は、まずお近くのHondaドリーム店の試乗会や安全運転講習に参加してみてください。すでに乗っている方は、次に若い世代の友人や家族をその場に連れて行く一歩を踏み出してみる価値があります。市場の未来は、誰かが最初の一回をどこで体験するかで決まります。Hondaの動きは、その入口を確実に広げる方向に進んでいます。
