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安全運転はクリエイティブ
皆さんは、「安全講習会」とか「セーフティーライディングスクール」みたいなものに参加された経験はありませんか?
「安全運転なんて地味だし退屈だよ」・「大体、安全運転なんていつもやってるよ」・「それより膝すり教えてほしい」…。
とまぁ、そういう方もおいででしょう。
しかし、わかっているようで、意外に多くの人があいまいにしているのが基本動作。
実はこの基本動作を磨きなおして身に着けていくことって、相当にクリエイティブ(創造的)で楽しいことなんです。
今回は、柏秀樹先生がライディングスクールの中で話されたことをまとめ、「思い出して試せる基本動作のポイント」としてお伝えしていこうと思います。
ちょっと試してみるだけで、秋はもちろん、冬・春・夏の一年を通して、あなたのツーリングを安全に、100%?いや120%楽しいものにできるかもしれませんよ。
「壊さず」「疲れず」「事故らない」
先日9月23日に山梨県の朝霧高原イーハトーブの森で開催されたダートスポーツ誌主催の「セローミーティング」。
筆者はこの中で行われた柏秀樹先生のセーフティーライディングにお邪魔しました。
ちなみに筆者とはご縁をいただいておりまして、
座学の内容等はこの稿でもお伝えしていましたね。
柏秀樹先生といえば、この道40年のベテランモーターサイクルジャーナリスト。
ビックマシンを笑顔でUターンさせているイメージをお持ちの方もおいででしょう。
先生のレッスンは速さや見た目の派手さを求めるのではなく、バイクの操作の中でも難しい、極低速での操作を極めることが中心です。
講座の最初に先生は、
「基礎を飛び越して、膝すりやトップスピードを求める人は多いんです。
でも、時速2㎞/hでできなことが200㎞/hでできるはずがありません。」
いつもそのようにおっしゃいます。
「とにかくレッスンの目的は、ライダーの誰にも悲しい目に遭って欲しくない、その一点に尽きます。」
笑顔で余裕のフルロックターンは、この講座の完成形であり、先生の願いを象徴したものでもあるんですね。
怖くないけど難しい時速2㎞/hの世界
さて、いささか前置きが長かったのをお詫びしながら、レッスンの内容に入ってまいります。
今回はセローミーティングなので、オフロードでのライディングスクール。
この日は9月の長雨で、路面は上級者にも難しいマディー状態でどろっどろでした。
柏先生のレッスンの基本はオンロードと同じですが、受講されたライダーのスキルアップにとっては、この路面がドライな路面以上に良い先生になってくれたようです。
熱弁を振るう先生のお話を、緊張気味に聞き入る参加者の皆さん。
折しも雨脚が強くなる中で、ついつい身体もこわばりがちです。
でも、先生のレッスンは、スポ根・ど根性系ではないので大丈夫。
講習は先生が「メリット5」と呼ぶ、
- 「車体垂直」
- 「アイドリング発進」
- 「ピッチングモーション」
- 「呼吸・脱力管理」
- 「広い視野・視線」
という5つの項目に分けて進められます。
アイドリングスタート
レッスンではまず、アクセルを開けずに徐々にクラッチをふんわりと繋いで発進させる「アイドリングスタート」を覚えることを徹底します。
最初に先生は、わざとラフなクラッチミートでザーっと後輪をスタックさせて見せたあと、
アクセルを開けずに、半クラッチをふんわり繋ぐことで、ぬかるみから脱出して見せました。
「あえて大きくやった見ましたが、力んでスタートしようとすると、バイクのどこに負荷がかかっているか、この路面なら見えますよね。
急発進は身構えて体に余計な力が入るので、バイク自身の動きが阻害され、バランスを崩しやすくなります。
でも、クラッチスタートをマスターしておけば、まずクラッチを傷めずないスムースなスタートができるんです。
当然、タイヤに余計な負荷をかけませんから、このようにぬかるんだ路面でももちゃんと発進できるんです。
その結果として、ライダーも疲れにくくなり、危険回避の余裕も生まれるんですね。
皆さんにはこうして、「壊さず」・「疲れず」・「事故らない」運転を身につけて帰ってください。」
最初は慣れもあり、参加者の皆さんもついついアクセルを開けて半クラででつないでしまい、ぎこちない動きに…。
しかし、徐々にアクセルを使わずにクラッチだけで発進させることに慣れ、そのも違いを体得されたようです。
筆者もこれまで先生のレッスンを受けて実践していますが、癖がつくと先生のおっしゃる通り発進が楽で、市街地を長く乗っても疲れにくくなるのを実感しています。
ちなみに、何度もパリダカに出場先生、砂漠で一度もスタックしたことがないのだそうです。
この実演を見ればそのお話も納得ですね。
車体垂直にこだわる
最初はこうしてアイドリング発進でスタートしながら、車体を垂直に保つことを練習していきます。
上半身から力を抜いてユルユルにして、両足をステップから外した状態で、2㎞/hをキープ。
これはロールバランスといって、左右に振られる動きに対応しながら身体で垂直を保つ練習。
「簡単だよそんなの!」
そう思われますすか?
2㎞/hの世界はごまかしの効かない世界。
やってみると、文字で読むほど簡単ではないのがお分かりになるはずです。
特にオフロード編の場合は、足を取られやすい路面でバランスをとるので難しいのですが、それだけに非常に得るところの大きい練習となります。
でも、対処しやすい極低速で車体が垂直なので、ラフなブレーキ操作をしても転びにくく、初心者が習っても安心。
「低速というのはバイクにとって難しいこと。
わかっているつもりで多くのライダーが見過ごしている大切なことが、2㎞/hという極低速の中で見えてくるんです。
ただ、『怖い!』と思ってしまうと委縮してその先を習得しようという気持ちがなくなってしまう。
なのでこの方法から始めるのがいいんです。」
「車体垂直」で車体の動きを整えることには、そういったこだわりがあるのだそうです。
ステアバランスの奥義を発見
身体でロールバランスを理解した後は、ステアバランスの練習。
これは意識的にハンドルを切ることでバランスをとるわけですが、ハンドルの持ち方を特にレクチャーされます。
肝心なのは手首の付け根にある「豆状骨」を意識してハンドルを支えること。
要するに手を斜めに使って、ハンドルに対する手の接触面を増やすことですね。
ちょっとしたことなのですが、これをしてみるとバイクからの情報を取りやすくなり、ハンドルへの入力も楽になります。
手首の角度を変えると自ずと腕の位置も変わって、ふわっと丸い円を描くような姿勢にもなるんですよ。
この姿勢が上体が路面からのショックを和らげ、自然と余裕のあるライディングポジションをつくるんですね。
実際にこの状態で両足をステップから離してハンドルを切ると、ハンドルをまっすぐ握ったときより、バイクの動きを楽に制御できることがわかります。
さて、現場では不安定な路面の中、コツをつかもうと頑張る参加者の皆さん。
先生も手取り足取りで、走りながら沸いた彼らの疑問を解決していきます。
こうして、参加者の皆さんは横方向の動きへの対処をしっかりとマスターするわけですね。
ピッチング(前後慣性の動き)をとらえる
このように、ロールバランス・ステアバランスを理解した後、今度はピッチング(縦方向)への動きをきれいに制御する方法を学びます。
ピッチングの練習の最初は、アイドリングスタートから10~15km/h程度まで加速し、リアブレーキをロックさせて止まるというのを繰り返し。
ちょっとおさらいですが、バイクは発進・加速時はリアサが沈み、フロントサスは伸びますよね。
反対に止まるときは、フロントブレーキをかければフロントが沈むものです。
これがいわゆるピッチングという前後慣性の動き。
リアブレーキをロックさせるのは急制動が目的ではなく、ブレーキを使い切る感覚を安全に学ぶため。
二輪車は、リアブレーキで後ろに引っ張る力を発生させると、左右に振られる力が小さくなって安定するのですが、この方法なら安全にその感覚を体感できるのです。
最初は停止した時に足をついてよいのですが、何週かこれを繰り返し、慣れてきたところで停止と同時に地面に足を付かず、アイドリングスタートで発信する練習をします。
つまり、「スムースに発進」→「安定した姿勢で停止」→「スムースに発進」を繰り返すことで、ピッチングへの操作が滑らかになり、きれいで無駄のない安全な走りができるんですね。
呼吸・脱力管理で長距離も疲れず安全
先生は、長い距離安全にバイクに乗り続けるには、リラックスを保つことが欠かせない、とおっしゃいます。
「例えば砂を入れた箱に振動を加え続けると、だんだんと固まっていきます。
バイクに乗っている人間の身体にもこれと同じことが起きるんです。
じっと同じ姿勢を続けていると身体が固まり、安全運転のつもりがいつの間にか漫然運転に?
それでは、いざというときの対応が遅れてしまうんですね。
この状態を打破し、長く疲れにくい運転をするには、呼吸管理が必要なんです。
方法は、
- 5分あるいは5㎞をめどに意識的な深呼吸をすること。
- 具体的には、鼻からゆっくり息を吸い込みながらグッと力を入れて肩を上げる。
- そして吸いきったところで脱力しながらできるだけ長く息を吐く。
これが体のこわばりを解き、リラックスを呼び込むことで集中力を更に持続させ、安全の幅を広げることになる。
簡単に言えば、これが走行中にできる心身のリセット方法というわけですので、ぜひ実践してみてください。」
これは筆者も実践していますが、
この記事の取材で東北を巡った時も、その効果をしっかりと感じることができました。
広い視野と視点を保つ
呼吸管理でリラックスを手に入れると長距離でもだいぶ楽になるわけですが、もうひとつのポイントとして捉えたいのが、広い視野を保つこと。
先生は、広い視野を保つにはライディングポジションンを見直すことが肝心だとおっしゃいます。
「大事なのは、いかに多くの情報を脳に届けてあげられるかということです。
バイクに乗るとき、猫のように背骨を丸くしないこと。
そのうえ顎を引いているとそれだけで視野が狭くなり危険、それに疲れやすくもなります。
まずは仙骨(腰骨)をグッと起こしましょう。
そのうえで上体から力を抜き、先ほどお伝えしたように、頭頂骨でハンドルを握ると横から見て頸椎はSの字になります。
顎を引かずに少し前に出す。
この姿勢で、さらに脱力管理をしっかり行うと上体が柔らかく保たれるので、路面からのショックがいなされ、頭は空からつられているようにブレない「スカイフック」という状態になる。
こうやって常にしっかりと前を向けるライディングフォームをとることが大事。
その結果として視界を広げることができ、目標物を追いやすく正確な距離把握のための条件が整い、疲れにくくなるわけですね。」
これはセローだけのお話ではなく、いろいろなバイクに応用できるお話し。
前傾姿勢のSSバイクでは難しいのですが、それでも仙骨を起こして顎の位置を変えてみるだけでも視野が広がって、メンタルに大きな余裕が生まれるのが実感できると思います。
工夫してやってみる十分に価値、大ですよ。
講習の終わるころには…
レッスンの最後は、トレッキング走行の入門として、そして低速走行の総仕上げとしてスタンディング走行を行います。
これも単に立って乗るだけではなくて、これまでお伝えした、
- 「車体垂直」
- 「アイドリング発進」
- 「ピッチングモーション」
- 「呼吸・脱力管理」
- 「広い視野・視線」
という先生の提唱されるメリット5すべてを応用して、車体の動きに呼応した安定した操作を仕上げていく過程となります。
時折先生は、車列を止めていくつかのポイントをレクチャーし終えると、
「はい、わかりましたね。
じゃぁ私についてきてください。」
と言ってスタート直後、
実にさりげなく、バンク上でくるっとヒルターンをして向きを変え、参加者を従えてコースに戻られました。
これは本当に一瞬の技ですが、よく見るとこの動作には、ここまでやってきたことの一つ一つ丁が寧にきれいにまとめら上げられているのがわかります。
もし柏先生のライディングスクールを受講されることがあれば、先生のこういう何気ない動作は見逃せません。
こうして一日、柏先生のレッスンを見学をさせていただきましたが、終盤になると参加者の動きが、最初に比べて明らかに滑らかになっているのがわかります。
難しいマディーな丘登りもこなしていく参加者の皆さん。
様々なスキルの参加者がおいでになったわけですが、柏先生のレッスンは受講前と受講後とでこんなにも大きくライディングを変えるんだなと、見ていて驚かされました。
実技が終わると、先生は参加者一人一人に感想をインタビューなさいます。
レッスンを受ける前は表情がこわばっていた女性ライダーも、この時には「本当に楽しい!」と笑顔。
こうやって自信無さ気だったライダーが、終わった時に笑顔を見せてくれるのが、先生は何よりうれしいのだそうです。
反対に「わからないところがあった」とする参加者には、納得のいくまでレクチャー。
「とにかく私のレッスンを受けて、安全を持って帰ってほしい」
終始一貫先生の願いはそこにあるのです。
まとめ
今回は、セローミーティングの中で行われた柏秀樹先生のライディングスクールから、安全に役立つアドバイスをお届けしました。
筆者は今回、先生のご著書をいくつか読み直しながらこの稿の執筆にあたりました。
その中で気付いたのは、基礎的なことに関する記述がほとんど変わっていないということ。
やはりこれはブレないんだなと思いましたね。
また新しい刊になればなるほど、若い人にレクチャーをしている写真が増えてくることも見逃せません。
先生とは何度もお話をさせていただきましたが、
「とにかく若い人に悲しい目に遭って欲しくないんですよ。
当然バイクに乗る人みんなへの願いですが、彼らにこそ長く安全にバイクを楽しんでほしい。」
この話は毎回必ず出てくるお話。
新しい刊の編集にもそんな先生の願いがにじみ出ていました。
今回の内容はセローに限らず様々なバイクで応用できる内容です。
なので、この稿を思い出しながらバイクに乗っていただけるだけでも、
「壊さず」・「疲れず」・「事故らない」
そういうライディングに近づくことができるのではないかと思います。
やってみたけど、疑問がわいてきた?
そんな方はぜひ、柏秀樹先生のライディングスクール、「KRS」を受講してみてください。
ここでは基礎編からツーリング、サーキット、オフロードそしてタンデムまで、いろいろな応用講座も用意されています。
お仕事帰りに教習車で受講できる「イブニングレッスン」もありますよ。
課題の一つ一つを丁寧にこなすと、知ってるつもりでもなかなかできていなかったことの多さに気づかされる。
その「気付き」が楽しくなって知らず知らずのうちに、いろいろなポイントが身についていく。
これが柏秀樹先生のライディングスクール。
地味だけどクリエイティブ、これが安全を楽しむということなんですね。
取材協力;「ダートスポーツ」(造形社)
撮影協力店;
急なお願いにもかかわらず、展示車での撮影をご快諾いただき、誠にありがとうございました。